senjingaran5’s blog

短歌を詠む

◇ 蒼穹の生目古墳の丘に立つ相生月子我が恋人よ

月子卑弥呼抄  回想  #1   千盡仙人

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蒼穹の生目古墳の丘に立つ相生月子我が恋人よ

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金曜日,2019年4月26日

◇断る気などさらさらなくて

*散策は生目古墳の丘めぐり月子卑弥呼のライン電話に

 

170907  2首

*伝えたい言葉にならぬ歌心せめて貴女にバラ🌹のスタンプ

 

*伝へたい歌心とは隠そうや老いらくの戀、君に惹かれる

 

170908  4首

*山鳩の声が聞こえる剥き出しの武蔵鐙の青き実の秋

 

*家の門に 立ちたる君や 微笑みの 君が姿は 慈悲菩薩様

 

*笑まひつつ 門辺に立てる 君が影 慈悲菩薩様 その立ち姿

 

*ゆふかげに ゑまひて立てる 君が影 深く心に刻み込んだよ

 

170915  3首

*宇宙暦17・09・15ヒ 秘かに愛が芽生えましたね

 

*もう遠い 思ひ出なのか 白昼夢 赤ちゃんみたい 七文字削除

 

*せつなさよ出会ひと別れひっついて瞬時の出会ひ永遠のお別れ

 

 

月子卑弥呼抄  回想  #2

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蒼穹の生目古墳の丘に立つ相生月子我が恋人よ

 

170915  14首

*着信音待てど暮らせど来ぬメールじっと我慢の子供ですとも

 

スマホの 画面を見つめ 40分 動きませんね〜諦めましょう

 

*私は 現(うつつ)の習ひ 安易にも 自分自身を 裏切りました

 

*冷え切った 宇宙の果てに ゐる私 触れた温もり 一も二もなく

 

*どこにある「誠を尽くす」打ち捨ての 私のメール 二枚舌かも   

 

*二股と 言はれて信義 保ち得ず かの人遠し 賤夫悲しも

 

*膝を折り 貴女の慈悲を 頼むのみ 額づき慕ひ 赦し請ひます

 

*純粋に 出会ひ喜び つくすとも 不毛の愛は いま切り捨てる

 

*望みなき愛に誠を尽くすのはありえないこと嘆きの天使

 

*あれこれと 言葉を並べ 自己欺瞞。 無垢な心は 貴女に向かふ

 

*再びの 愛の奇蹟に 巡り会ひ この身に心 投げ出しますね

 

*捨ててもね 耐え難いけど いいからね 時間もないし これが最後ね

 

*底紅に 白い雨ふる 18号

 

*こんなにも 会ひたいなんて ずっとそばに ゐてくれないと 僕は寂しい

 

以上  金曜日  190915  17首

 

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参照  I Googled it.

底紅や人類老いて傘の下

              高山れおな

季語は「底紅(そこべに)」で秋。「木槿(むくげ)」のこと。なるほど、木槿の花は中央の「底」の部分が「紅」色をしている。句の前書きによれば、若くして世を去った俳人・摂津幸彦七回忌法要の折りの作句だ。「蕭々たる冷雨、満目の木槿」だったという。それでなくとも心の沈む法要の日に、冷たい雨が降りつづき、しかも折りからたくさんの底紅が咲いていた。『和漢三才図絵』に「すべて木槿花は朝開きて、日中もまた萎(しぼ)まず、暮に及んで凋(しぼ)み落ち、翌日は再び開かず。まことにこれ槿花一日の栄なり」とあるように、昔から底紅(木槿)ははかないものの例えとされてきた。冷雨に底紅。参列した人たちはみな「傘」をさしていたわけだが、作者は自分も含めて、そこにいた人たちを「人類」とまとめている。すなわち人間の命のはかなさの前では、人それぞれの性や顔かたちの違いや個性や思想のそれなどにはほとんど意味が無く、生きて集まってきた人たちは「人類」と一括りに感じられると言うのである。その「人類」が故人の生きた日よりもさらに「老いて」「傘の下」に、いまこうして黙々と立っているのだ。虚無というのではなく、それを突き抜けてくるような自然の摂理に従わざるを得ない人間存在を実感させられる句だ。思わずも、襟を掻き合わせたくなってくる。『荒東雜詩』(2005)所収。清水哲男